「アフリカでは」の有用性と暴力性、思考停止の怖さ

今日ネットで見た言葉で

東京で10人死んだら日本中が驚く
ニューヨークで1000人死んだら世界中が震える
アフリカで4万人死んでも誰も驚かない
残念なことに命は平等ではないのです

とあった。

まぁ命は平等ではないし、人間そもそも生まれからして平等でないので、言ってることの本質的には同意なんだけども、
それよりみんなアフリカってなんだと思ってるんだろう。

この引用で言えば東京は都市、ニューヨークも都市、アフリカって大陸。規模が違いすぎるので引き合いに出すのおかしくない?
国越えて都市と大陸っておかしくない?
東京、ニューヨークってきたら、ケープタウンとかさ、キンシャサとかアフリカ大陸にある国の都市を持ってこないと。
もしくは、アジア、北米、アフリカ、と大陸単位で整理しないと。

そもそもアフリカでは、って表現が散見されるけど、せめて国ぐらいは指定してくれないと全然伝わらないよ。例えば南アフリカとエジプトとケニアとマダガスカルと南スーダンをいっしょくたにまとめたものをもってこられてもわかりにくいよ。

っていうかこういう時のアフリカという言葉の万能性というか、暴力性ってすごい。
命が平等ではないことより、一都市と大陸比べた文章に疑問の持たなささのほうが僕は怖い。

ボドゲ「インカの黄金」のカードデザインが納得行かないので自作した何度目かになる久方ぶりの近況報告